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なぜルノアールではeduroamが使えるのか ― 市街地におけるeduroamサービス、そして情報化社会のインフラ ―

[2020/2/27追記] 大変残念なことに、先頃、当サービス終息のお知らせがありました。

以下、歴史的記録として記事を残しておきます。

 

eduroam at Cafe Renoir

ルノアールで優雅にeduroam

eduroamが使えるからという理由でわざわざルノアールに足を運ぶ人も少なくないと思います。私も東京出張の際には度々お世話になっています。ルノアールには貸し会議室があるので、小規模な会議にも便利です。Twitterを眺めていると、大学も研究機関も無さそうな市街地で、突然eduroamにつながり、なぜここにあるのかと驚きのツイートもちらほら観測されます。教育研究機関向けの無線LANローミング基盤であるeduroamなのに、それこそ「なんでここにeduroamが!?」です。当記事では、市街地等のキャンパス外におけるeduroamサービスの動向について説明します。

それはlivedoor Wirelessから始まった

eduroamは、執筆時点(2019/12/10)で世界約100か国(地域)、北はスバールバル諸島から南はチリやニュージーランドまで、南極を除く全大陸、そして国内でも約270機関で利用できる学術系インフラです。日本は、2006年8月にeduroamに加盟しました。(参考: https://www.eduroam.jp/)

加盟から間もない2009年頃、eduroamの開発元の欧州TERENAの会議などに参加している時に、学生の集客などを期待して大学の近所のパブにeduroam基地局を置いているという話を聞きました。社会を巻き込むようなムーブメントを、羨ましく思ったものです。eduroamは、参加機関の間でキャンパス無線LANを相互利用できる仕組みですが、これを市街地にも拡大できれば、情報の世界でキャンパスを仮想的に拡大できるでしょう。大学の研究や教育というものは、キャンパス内での活動に閉じているわけではありません。世界のどこにいても、教材や研究材料は転がっているのです。

後藤, 曽根, "キャンパス無線eduroam導入のメリットと国内外の動向," SENAC Vol.45, No.1, 2012. https://www.ss.cc.tohoku.ac.jp/refer/pdf_data/v45-1/v45-1_p54-59.pdf

そこに、渡りに舟といった感じで、(旧)ライブドア社から約一年間の実証実験の申し出がありました。社会貢献という形で、市街地における同社の商用無線LANインフラ「livedoor Wireless」の上でeduroamサービスを提供したいということでした。詳しくはこの記事を↓

internet.watch.impress.co.jp(旧)livedoor Wirelessは、電柱を利用するというユニークな視点で屋外アクセスポイントを展開しており、23区内に約2,300か所のホットスポットを展開していました。また、カフェや貸し会議室などの約130か所にも屋内アクセスポイントを展開していました。喫茶室ルノアールは、このlivedoor Wirelessを導入していたのです

実証実験が終了した後、このeduroamサービスはライブドアにより正式サービス化されました。つまり、livedoor Wirelessを導入していた施設では、そのままeduroamサービスが利用できるようになったということになります。

さて、ライブドアのサービスは色々と経緯が面倒なので端折りますが、livedoor Wirelessの事業は後にデータホテル、NHNテコラス(現在の代理窓口)を経て、KDDIに移管されます。そして、livedoor Wireless自体が2013年4月をもってサービス提供終了となります。この過程で、柱上のアクセスポイントは撤去され、屋外サービスが終息します。

ja.wikipedia.org公衆無線LAN事業のKDDI譲渡後も、livedoor Wirelessを導入していた施設ではできるだけサービスを維持するように配慮されたようで、eduroamサービスも継続されました。eduroam JPサイドで最も当サービスに近い私でも、社内の事情は見えないのですが、激動の歴史の中、eduroamサービスを維持するために、担当者が相当頑張ってくれたのだと思います。

livedoor Wirelessのお陰で、日本は世界が羨むような最先端の「市街地eduroamサービス」を得ることができたのです。なお、eduroam JPのウェブサイト https://www.eduroam.jp/ に若干説明がありますが、現在、世界各地にある市街地eduroamサービスの多くは、日本の後に実現されたものです。

現在主流の、セキュリティ面プライバシ面ともに問題の大きい、暗号化無しや共有鍵(PSK)によるフリーWi-Fiの代わりに、正規の通信事業者が運用し、偽基地局に誘導されにくい、安全な無線LAN接続が可能なeduroamサービスが提供されるということは、教育研究環境の改善のみならず、社会全体の情報化の観点でも重要な意味があると言えるでしょう。

なお、サービスエリアとして、喫茶室ルノアールを主として挙げましたが、ルノアール系列のCafeルノアールやミヤマ珈琲、NEW YORKER'S Cafeなどでも、eduroamが利用できる店舗があります

[2019/12/28追記, 29更新]
ルノアールさんはeduroamの案内を出していないので、もしかするとeduroamの集客効果すらご存知ないかもしれません。

市街地eduroamサービスのセキュリティ

大学でも研究施設でもないところで、いきなりeduroamに接続されたとき、これは本物だろうかと不安になるというのは、自然なことでしょう。結論から述べると、スマフォやPCなどの端末で正しくeduroamの接続設定が行われている限り、接続できた基地局は本物で、安全に利用できます

ただし、証明書が異なるといったエラーが端末に表示された場合は、安易に接続を強行しないように、注意が必要です。

以上のことは、eduroamに限らず、1X認証でEAPを使う様々な無線LANローミングシステムにも適用される、一般的なものです。1X認証のセキュリティについては、後日、別記事を書くつもりです。

市街地eduroamサービスの展開動向

eduroamの参加大学が、市街地などにある付属施設で、eduroamサービスを提供していることがあります。世界各地で、自治体が市内のフリーWi-Fiにeduroamを併設していたり、空港・鉄道駅や博物館、病院などの公共施設にも導入が進められています。最寄りの大学が市内各所に基地局を設置している例もあります。

eduroam in Porto

ポルトウォーターフロントで食事をしていたらeduroamがつながっていた.

eduroam in Munich

ミュンヘンの中心部、マリエン広場でもeduroamが使える.

eduroam in Auckland, NZ

ニュージーランドオークランド中心部,なぜかここでもeduroamが飛んでいる.

国内では、私が音頭をとっているセキュア公衆無線LANローミング研究会において、教育研究以外の一般市民も利用できる「Cityroam」を国内展開しており、その基地局で市街地eduroamサービスも拡充しています。協力事業者が、飲食店やショッピングモール、駅、ホテル、そしてスキーリゾートまで、利用範囲とサービスエリアを広げています。

 

nghsig.jp

cityroam.jpもし既に、1X認証対応の商用無線LANサービスがフリーWi-Fiと同じ基地局に併設されているなら、基地局がWPA2-Enterpriseに対応していて、事業者にRADIUSの運用スキルもあるはずです。フリーWi-Fi側のネットワークに1X認証のSSIDを追加して、eduroamやCityroamの認証連携ネットワークに接続することは、技術的にそう難しくはないはずです。せっかく自治体がフリーWi-Fiを整備するなら、ぜひローミングユーザを受け入れられる、セキュアな接続手段も併設してほしいと思います。最寄りの大学からの働きかけも重要でしょう。

その先にある情報化社会のインフラ

LinkNYCやInLinkUK、WiFi4EUに見られるように、世界各国がインターネットアクセス手段を社会の重要インフラの一部とみなし、誰でも利用できるフリーWi-Fiを展開し始めています。市街地におけるeduroam (およびCityroam)は、その一部を担うシステムとして、社会全体の情報化の推進に貢献すると考えられます。利用者の皆さまには、ルノアールなどで優雅にeduroamしながら、このような先進的なサービスを提供している事業者と店舗に、存分に感謝していただければと思います

eduroam at Cafe Renoir

ルノアールで優雅にeduroam - その2

 追記:AXIES2019の発表資料です。
「キャンパス無線eduroamと次世代ホットスポットの最新動向」(PDF)